2015年12月20日日曜日

インプラント周囲炎の外科的治療の実際

先に「インプラント周囲炎の治療には外科的治療と内科的治療の併用が必要」と書きました。では外科的とは具体的にはどのような手立てになるのかを簡単にまとめてみましょう。


その前に、一般的なインプラント周囲炎の治療とは、具体的にどのような内容なのかを挙げてみますと、
  1. 歯科衛生士による徹底したブラッシング
  2. 歯科医師による噛み合わせバランス調整
  3. 歯肉内のインプラント周囲の超音波洗浄(金属製ではなくプラスチック製のチップが使われ、薬剤が入った洗浄液を使います)
  4. 抗生物質の注入と内服
  5. 以上を定期的に継続して行う
1と2は当然ですが、3と4はどうでしょう。残念ですが、焼け石に水です。

インプラント本体の表面は、骨と早く強力にくっつけるために「ヤスリのようなザラ目」になっています。そこには細菌が簡単に潜り込んでしまいます。

また「ネジ山」がありますので、器具を入れてもネジ山に当たってなかなか深くまで入りません。したがって、ちょっと洗った程度ではたいした効果はありません。

抗生物質は腫れた歯肉には効きますが、そもそもの原因であるインプラント表面にくっついた細菌には無力です。これは歯周病の治療が困難な事とまったく同じ理屈です。

インプラントは歯より複雑な表面構造をしています。歯でさえも難しいのに、インプラントでは、それ以上のことを考えてあげなくてはなりません。

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では、私たちが行っているインプラント周囲炎治療の具体例です。まずはレントゲンから。


こちらの写真は、右下の第一大臼歯(6番と言います)のインプラント周囲炎のレントゲン写真です。


緑の矢印が骨が吸収している部分ですが、この程度の写り方であれば、まだ「軽度」と判断されると思います。しかしレントゲンの写りとは、実際より軽症に見える場合がほとんどで、それを見越して判断しなくてはなりません。下に示す通り、実際に治療中に骨を見てみると、骨の吸収量は確かにレントゲン以上です。




こちらはCTの画像ですが、頬側の骨がなくなっている事がわかります。

今一つ不可解だったのは、インプラント周囲に白いラインが写っており、まるで硬い骨(皮質骨)のように見える部分があることです。これは何だったのかは、後で解ることになります。

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さてたいへん残念ですが、インプラント周囲炎の治療、すなわち感染源の徹底除去は、また手術が必要になります。

つまり、、、、麻酔をして、また歯肉を開かせてください、、、でないとぜんぜん届かないのです…

インプラント周囲のお掃除には、以下のように、そこそこの機材が必要です。
  1. エルビウムヤグレーザー
  2. 顕微鏡
  3. β-TCPパウダーと、その噴射器
  4. チタン製ブラシ
  5. PDT(光殺菌)
  6. PRF PRP CGF
この中でどうしても必要なのが、エルビウムヤグレーザーと顕微鏡です。

β-TCPパウダーは、できれば仕上げに欲しいところです。

チタン製ブラシは無くてもだいじょうぶですが、手術を早く終わらせるためにはあった方が良いと思います。

PDTは基本的に不要なのですが、手術でも手が届かない部分に補助的に用いる場合があります。

PRF PRP CGFはここでは詳しくは書きませんが、本人の血液を遠心分離して造られるもので、場合によってはあったほうが良いのですが、今回は使っておりませんので割愛いたします。

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さて実例です。写真つきでちょっと怖くて申し訳ないのですが、インプラント周囲炎は大きな社会問題ですので、あえて掲載いたします。このような事実が多いという事なので、もちろんそうならない工夫が最初から必要です。

治療はすべて顕微鏡を用い、細部を拡大して行われます。なお写真は、顕微鏡から動画撮影されたものです。


上物(冠)を外すとこんな感じ、もちろん歯肉の上からでは中の骨の状態はわかりません。



麻酔をして歯肉は剥がし、骨を直接見てゆきます。この状況では解りにくいのですが、実はインプラント周囲に骨は無く、歯肉(本当はは結合組織って言います)に置き換わっています。



まずこれを除去するのですが、ここで使うのがチタン製ブラシです。歯肉がおおまかに除去され、インプラント体表面もある程度お掃除できます。早いです。

しかし実際には、本来くっついていたはずの骨とインプラント体の間にわずかに隙間があり、そこに歯肉が潜り込んでいるのが見えます。それをきちんと見て、取り残しがないよう確認するためにも顕微鏡が必要です。

顕微鏡で観察すると、骨の中に白い粒が入り込んでいるのが見えます。これは「骨補填剤」と呼ばれるもので、最初にインプラントを入れたときに骨が足りない部分の補充用に使われたものです。

補填剤は骨ではありませんが、それ自体が吸収され骨と置き換わる事が知られています。ただし100%置き換わるわけではなく、残ったままだったり吸収されたままで歯肉に置き換わる部分もあります。もしかしたらインプラント周囲炎が拡大する、一因だったかもしれません。レントゲンで白く写っていたのは実はこの骨補填剤が残留していたものでした。



エルビウムヤグレーザーは、ムシ歯を削るときによく使われるレーザーですが、骨の整形にも安全に使えます。30ミリジュールという一番低い出力で狭い隙間を拡大しながら、よけいな歯肉を除去して行きます。また同時にインプラント体の表面も洗浄除菌してゆきます。

広く骨が吸収されている部分は簡単なのですが、狭い部分はやはりたいへんです。昔は回転器具で削っていったものですが、振動がひどくて患者さんには負担がかかっていました。またインプラント体表面を傷つけてしまい、後で移植する骨とくっつく事が障害されてしまいます。現在はエルビウムヤグレーザーのおかげで処置はたいへん楽にできるようになり、しかも清掃の確実性が上がりました。

ただしレーザー用の先端チップは消耗が激しく、この治療だけで新品を使い切ってしまいます。



エルビウムヤグレーザーで清掃された後はこんな感じで、再生の障害となる歯肉の残存はありません。反対側はこのように鏡で確認します。



エルビウムヤグレーザーである程度骨の整形ができたら、β-TCPパウダーを吹きかけて洗浄します。洗浄が行きわたる形に骨が整形されている事がポイントです。狭すぎるところには、パウダーは入って行かないからです。

エルビウムヤグレーザーだけでも十分という意見もあるのですが、照射ムラは絶対にありますので、私は補助的に使っています。ただしレーザーが入らない部分はパウダーも入って行かないと思います。

さらに位置的にどうしても入らなそうな部分がある場合に限り、PDT(光殺菌)を併用しますが、今回は使っていません。



洗浄が終了したら、何もしないで閉じていた時代もあったのですが、現在はすべてのケースにおいて、ご自身の骨を移植します。ちょうど後ろ側(親知らずがあった所)から骨を採りやすかったので、丸く削って採らさせていただきました。



丸く採った骨を細かくして、インプラントの周りを埋めて行きます。



ほぼ埋めきったところです。最後は傷を縫い合わせて終了です。お疲れさまでした!


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辛抱強くここまでお読みいただいた方、ご苦労様でした&ありがとうございました m(_ _)m

「こんな苦労、絶対にヤダ!」と思われた事でしょう。しかしこれでも解決する保証はありません。できる限りの事をしても、細菌感染は除去しきれたわけではありません。本当に除去したければインプラントを撤去し、骨を造った後で新しいインプラントを入れ直すしかありません。もちろん場合によっては、その方が良い場合もたくさんあります。どちらが良いかは、医学的な判断と患者さんのご希望しだいです。

さてインプラント周囲炎の治療で最も重要なのは「同じ過ちを決して繰り返さない」という事です。上記の治療は、複数の原因が絡み合って生じたもので、事前に解決できることは先行してやっておかなくてはなりません。そこに内科的はアプローチである「栄養医学療法」があるべきです。

私たち臨床家は比較実験というものができませんので、はっきりとした科学的根拠を示す事はできません。しかし骨が再生するために必要な栄養素は解っており、免疫力も含めて予め解決しておきたいものです。

インプラント周囲炎の治療は、喫煙や糖尿病があると厳しいのですが、そうでなければ早めに手を打てば間に合う可能性があります。しかし自覚症状がほとんどありませんので、手遅れになりやすいものです。進行するとこのような治療をして、やっとどうか?というものです。

ですからインプラントをご使用の方はきちんと定期健診を受け、たまにレントゲンで診断していただいてください。もちろん残っているあなた自身の歯も。そして残念ながらインプラント周囲炎ですと言われたら、その程度を訊き、原因解決を徹底し、今後どのような処置が必要かを必ずお聞きしてください。絶対に「しばらく様子を見る」など消極策にでないよう、ご注意ください。

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