2015年4月13日月曜日

PDTは歯周病治療の次の一手となるか?

最近、歯科系商業誌などに、PDT(Photo Dynamic Therapy = 光線力学療法)という治療法が掲載されまして、一気に知名度が上がったような感じです。

PDTとは主に癌の治療に用いられている方法ですが、歯科では歯周病や感染根管などの病原菌を叩くのに応用されています(a-PDTと呼ばれることもあります)。

実は当診療室でもFotoSanというPDTセットを使用しておりまして、まだそれほど症例数をこなしているわけではないので多くは語れませんが、雑感を少々。


PDTは光感受性薬剤というものを用います。癌治療の場合はこれを静脈注射すると、薬剤は癌細胞に選択的に取り込まれます。そこに外からレーザーなどの特殊な光を当てると薬剤が活性酸素を放出し、癌細胞だけが死滅するという理屈です。

歯科口腔外科では浜松医科大学が行ってきた舌癌治療の研究実績が有名で、手術や抗癌剤に頼らないという事で注目されて来ました。私はレーザー歯学会レーザー治療学会などで講演を拝聴してきましたが、癌細胞だけが選択的に死滅するのは何とも魅力的です。

一見素晴らしいと思えるPDTですが、少しだけ副作用があります。薬剤が取り込まれるのは癌細胞だけでなく脂肪細胞にも若干入り込むので、蛍光灯でも容易に日焼けしてしまうのです。なので治療期間中は暗い遮光部屋で過ごす必要があります。また光を舌の中に通すのがけっこうたいへんで、ここでは詳しくは書けませんが、まだまだ改良の余地があるそうです。しかし今後の発展にたいへん期待しています。


さて、歯科の場合は病原菌がターゲットになります。薬剤は静脈注射ではなく歯周ポケットや根管内に直接流し込むので、日焼けの心配はありません。

癌治療で使う光感受性薬剤は、フォトフィリンとかレザフィリンという非常に高価なものなのですが、歯科ではそんな事はありません。

現在私は上の写真にあるように三種類の薬剤を試しています。基本的にメチレンブルーやジアグノグリーンという検査薬に似た色素製剤です。これに主に半導体レーザーを照射する事で歯周病原菌内に活性酸素を発生させ、体に負担をかけずに細菌だけを叩こうというわけです。

抗生物質と違い、細胞毒性がほとんど無視できる・耐性菌を作らない・すでに耐性を持ってしまった細菌にも効くなどの特徴があります。


癌治療の場合光源は特殊なレーザーで何千万円もする大型装置ですが、こちらの光源はそんな大袈裟ではありません。通常の810nmの半導体レーザーでも良いのですが、わたしはFotoSan専用の光照射器を使っています。手術用レーザーのようなハイパワーは不要なので、発熱はありません。


ただしこのように、思いっきり眩しいです。この装置の面白いところは、ただ照射するだけではなく、バイブレーターを内蔵し照射中に振動することです。照射しながら薬剤を振動で攪拌し、新しい薬剤が届き続けるようにしているのです。細かい振動で患者さんはちょっとくすぐったい感じがします。


なおFotoSanの薬剤は3種類の粘稠度があり、歯周ポケットや根管治療などで使い分けます。

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さてPDTの評価と言われれば、まだ実感できる段階ではありません。というのは、まず急に腫れてきたという患者さんは、うちにはいらっしゃいませんので、抗生物質の代わりに使ってみたという事はありません(それでも抗生物質ビタミンCとともに出すべきと思います)。またそれ以外で、これを使ったからすぐに結果が出るような症例には使ってはいけないものだと思うからです。積極策がとれない方や、メンテナンス期に使うべきものです。

歯周病は細菌感染が原因とは言え、感染してしまう環境を作ってしまったのは他ならぬ患者さん自身です。したがってその環境が変わらない限り、何をしても進行を停止させる事はできません。

充分に歯ブラシを動かせてプラークを落とす事ができるようになり、基本的な歯周病治療と虫歯の治療を完了させ、噛み合わせが安定し、それでも深い歯周ポケットがある場合とか、あるいはインプラント周囲炎で積極的な治療が難しい場合などに活躍するものです。もちろん通常の手術で補助的に使っても良いと思います。

殺菌とは目には見えない効果を狙うものであり、結果はかなり時間が経たないと解りません。唯一効果を判断できるのは細菌検査で、適用してからどれくらいの期間細菌が減ったままでいられるかが判断材料になります。

細菌が減った状態を維持するには、患者さんの歯ブラシのテクニックや免疫力に依存するので、うまく細菌数を減らせてもすぐに戻ってしまう事が解ってしまう患者さんには焼け石に水です。

ところが世の中は結果をあまりに早く求める傾向にあり、PDTもまた飛び道具的に使われがちです。

PDTは器具や薬剤が届かない部分を補い、手術ができないなどの場合の最後の一手として使うべきだと思います。今の所、光感受性薬剤がどこまで浸透しているのかもはっきりせず、私たちとしても効果をはっきりと実感できるまでには至っていません。

しかし歯周治療の維持管理に有力な選択肢が一つ増えた事は確かで、特に若くして歯周病を患ってしまった方には、長い人生を考えるとお勧めしたい方法だと思います。

一つ気をつけなくてはならないのは、このPDTの歯周病などへの応用は日本では未承認であり、治療はあくまで患者さんと同意の上、自己責任で行わなくてはなりません。

ですから基本的な歯周病治療はもちろん、レーザーの基礎や安全管理の知識をしっかり持っている歯科医師でなくては使用してはいけません。並行輸入業者はそれをしっかり把握して販売しなくてはなりませんが、現状はどうなのでしょう。

歯周病に一発完治はなく、PDTを飛び道具と考えてはいけません。もちろん上手に使って抗生物質の使用量を減らして行く事は重要です。まだまだ新しい考えなので、基本的な道から外れる事なく現状のプロトコルに当てはめて行く必要があります。夢の治療などありませんので、とにかく結果を急ぎたがる人には不向きな治療と言えるでしょう。

今後は日本の優秀な技術で、細菌の内部まで確実に浸透する薬剤や、選択性の高い薬剤が開発される事が期待されます。

PDTの今後の発展に、これからも注目して行こうと思います。

参考サイト:光殺菌治療(CALL)