2010年2月6日土曜日

ハチミツレモンで歯周病撃退!?

以下の文章は、3年前に書いて患者さんに配ったモノです。

「納豆ダイエット」と題し、捏造問題で廃止になったテレビ番組がありましたよね。その時に私は「あ〜、またか〜」と思い、一気に書いたものなのです。たまたま書類を整理していたら出てきたのですが、今読んでも面白いのでこちらにアップいたします。

健康ってのは解りにくい事なのですが、ウケ狙いをしようとするとろくな事がないという事です。皆様が何かを考えるきっかけになれば幸いです。

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納豆でダイエット、ハチミツレモンで歯周病撃退?
~テレビと私の冷めた戦い~ 

以下は八年前にあった実話である。最近の事件と関わりがあるので、この機会にご紹介したい。電話の相手は懇意にしている臨床検査会社の営業の方からである。

営「先生すみません、ちょっとお願いがありまして。」

私「ハィハィ、何でしょう?」

営「実は私の友人にテレビの制作会社の者がいるのですが、制作に協力してくれる歯医者を探しているんです。」

私「ほー、で何をしたら?」

営「ハチミツレモンが歯周病に効くという話をして欲しいそうです。」

私「・・・・????」

営「いや、内容を聞くとですね、唾液を顕微鏡で見て、動いている細菌にハチミツレモンをたらすと細菌の動きが悪くなる所を先生に見てもらい、一言『あ、効いていますね』と言って欲しいのだそうです。専門家でなければ信憑性がないので出演していただける歯科医師を探しているというのです。」

私「おぃおぃ、そんなデタラメ言わんでくれ、だいたい歯周病原菌は歯周ポケットの中に居るんで、唾液中にはほとんどいないぞ。何か見えたらそれは他の菌だろう?」

営「はぁ・・・」

私「ハチミツレモンてことは、たぶんクエン酸の事だろうが、別に何をたらしても細菌の動きは鈍るだろうね。時間を置いたってなるだろう?」

営「そ、そ、そうですよね、で、その撮影を水曜日の二時から四時までの間でお願いしたいんだそうで・・・」

私「あさってじゃない、もう患者さんの予約入っているよ。」

営「放映は金曜日のお昼だそうです。」

私「お昼って、あぁ、あの番組?ひどいね、こんな事やってていいのかねぇ?だいたい何で自分の考えじゃない事を言わなきゃならないわけ?」

営「で、先生ダメですか・・」

私「あたりまえじゃないか!」

 

以上は私自身がいいかげんな番組制作会社に利用されそうだった時のやり取りである。

このような事もあり、私は健康番組や雑誌などはいいかげんな造りのものが多いと思ってきた。あれから八年、そのいいかげんさはさらに進化していたようである。今回の納豆ダイエット捏造事件にしても、私自身が毎朝納豆をかかさず食べているのにもかかわらず、件の番組が言う効果が全く現れていない事もあり、最初から冷めた目で見続けてきた。

健康番組や雑誌にはよく「○○に効く!」という薬事法抵触寸前の魅力的な言葉が並ぶ。そしてその言葉に人々はついつい惑わされる。冷静に考えればそんな事はありえないのだが、人々の嗜好は短絡的で結果を早く求める傾向にあり、悪質な番組はそれをあおる事でスポンサーフィーを得ている。

だいたいそのような革新的なネタが毎週々々上がってくるはずがない。件の番組は十年間も続いてきたそうだが、人気番組なだけに打ち切りもできず、視聴率をとるために意味のない芸能人をゲストに迎え、大げさなリアクションを繰広げる。ネタ切れをカバーするために捏造も日常茶飯、先の私の経験からしても低レベルの番組がやりそうな事である。

ひどいものはまだある。いわゆる「名医リスト」だ。本当に名医かどうかは実は関係なく、ネットや電話帳で適当に抽出した医療機関に電話をし、お金を払ってくれたら名医としてリストに載せてあげますよと掲載を迫る。信じられないかも知れないが、これはかなり普通にある。一件一件きちんと取材して造られたリストにはめったにお目にかかれない。

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しかし制作する側が悪いのは当然として、それを受け入れる視聴者側はどうだろう。臨床の現場から言わせてもらうと、専門家の言うことを信じずテレビや雑誌の言う事の方を信用する人達があまりに多いと感じる。

日々の診療で、誤った知識を持って訪れる患者さんは多い。歯を抜くと内蔵に悪いとか、虫歯を薬で治してくれとか、インプラントは体に悪いとか。一番多いのは○○を使えば歯周病が治るというものだろうか、どこで吹き込まれた嘘かは知らないが迷惑な話である。一度このような甘い言葉を囁かれた患者さんへの反応は本当に悪い。人の心はいつも楽をしようとする方に傾くものだ。正しい治療法が辛い事なら、なおさら逃げ出したいものである。

確かに専門家の言うことは難しく解りづらいかもしれない。特に歯科ではその内容は地道な努力を促す事が多く、治る代りに何かしらの努力を必要とする。患者さんも一対一でしゃべられると緊張もするだろうし、場合によっては怒られているように聞こえるかもしれない。しかしそれを説明する我々にはその人の未来を踏まえた真剣な話をする責任がある。

一方テレビなどで紹介される方法は地道な努力など見向きもされず、手軽で即効性がありそうなものが紹介される事が多い。そしてその効果が無くとも責任問題になるような事は無かったので、そうとういいかげんな話が野放しにされてきた。しかし今回は違う。度が外れすぎていた事もあろうが、とにもかくにも健康番組に社会責任の自覚を促すきっかけは出来たようだ。

専門家が患者さんに伝えなくてはならない事は辛いものも多い。しかし都合が悪いのは長い人生の一時期であり、長期的には大きなメリットとなって還ってくるものばかりである。そのような事を理解し実行に移せる人がいわゆる健康の勝組として快適な老後がおくれるのである。

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さて既に納豆騒ぎは一段落し、スーパーから消えた納豆は今また棚に並んでいるらしい。納豆業界もいいように振り回されかわいそうだなと思いきや、どうやら事件の発端は納豆業界の一部の人と大手広告代理店が納豆の売上げ増を仕掛け、制作会社はそれに従っただけらしい。

大手スーパーには番組放映予告前に、既に納豆の発注量を増やすよう促されていたという。納豆は受注生産なので、放映直後では需要に応えられないからだ。実に用意周到にしかけられたこの作戦、はたして八年前のハチミツレモンもそうだったのだろうか。

テレビ局には「自分が世の中を動かしている」と錯覚している人が大勢いると聞く。であるならば、地道な努力が最も大切と訴えていただきたいものである。少なくとも歯科治療とはそういうものである。

またそのような番組はつまらないし視聴率をとれないなどと言うスポンサーがおられるなら、テレビが日本人をバカにしたなどと言われないよう即刻退場願いたい。

さて、はたして今回の捏造事件を機にテレビは、健康番組は変われるのだろうか。専門家の言うことよりテレビの言うことの方を信じる、長らく続いてきたこの図式は改まるのだろうか。これからも健康番組からは目が離せそうもない。

なお、文頭の私が断った取材は別の歯科医師が引き受け、本当に放映されたそうである。そして当時のお昼の番組の司会者は今、朝の報道番組で今回の事件を激しく批難している。